ATS-P拠点設置について~福知山線事故から15年~

    連日の新型コロナウイルス(COVID-19)のニュースに埋もれていしまい、あまり報道されませんでしたが、一昨日(2020年4月26日)で福知山線塚口ー尼崎間脱線事故(以下、福知山線事故)から15年が経ちました。

 改めて、犠牲となられた方のご冥福をお祈り致します。

   それ以来、JR西日本ではダイヤへの余裕時分付加や曲線速度照査等の安全性向上策が取られています。今回は、その速度照査を含め、ATS等保安装置に焦点を当てていきます。 

 

1.ATS-PATS-S

   JR西日本は、拠点設置方式のATS-P東海道山陽本線(緩急両方)、福知山線等に設置しています。東日本も、上越線信越本線等のATSを拠点p方式で設置しています。これらの方式は、場内や出発といった絶対信号機のみATS‐Pを設置し、駅間はATS-Sとするものです。実は、後述するように大きな問題がある方式です。

 私鉄では、北総線がC-ATSを拠点設置し旧来の1号型と併用したり、名鉄ミュースカイのみATS-Pを使用したりしていますが、これらには大きな問題はありません。

 同じパターン併用なのに、あからさまなダブルスタンダードに見えるかもしれませんが、実は併用相手の保安装置が問題なのです。

いったい何が問題なのかというと、旧国鉄路線やそこから経営分離された第三セクターの多くで使用されているATS-Sは、ロング地上子を踏むと警報が鳴り、5秒放置すると非常ブレーキがかかるものです。直下地上子取り付けや点速照機能付加などの改良は施されていますが、確認さえ行えばブレーキは直下地上子通過までかかりません。つまり、比較的高速で停止信号を冒進してからの非常制動と成りうるのです。この為、首都圏主要路線や北越急行ほくほく線智頭急行線等は拠点pではなく完全ATS-Pとなっています。

 一方、大手私鉄のATSは昔には「最終突破速度20km/h未満」という規定が適用されていたため、何段階かの速度照査により高速での冒進事故を防いでいます。(但し、名鉄岐阜駅車止め衝突事故のような低速での冒進や近鉄特急暴走事故のような不正な扱いによる事故は防げません)

すなわち、私鉄の場合は併用相手も十分な安全性を備えている為、「大きな問題は無い」と言い切れるのです。

 

f:id:akaden101:20200427005158j:plain

信号機とATS-P地上子(2019年12月6日撮影)

 確かに、事故の多い駅構内の絶対信号機ATS-Pを設置すれば安全性は向上します。しかし、上記のような問題のあるATS-Sでは駅間での緊急停止等に対して有効な防護はできません。駅手前でもないのに駅間にて停車するという「めったに無い事象」を突然目の当たりにしてしまっても100%正しく対処可能でしょうか。何人かは「正常性バイアス」にとらわれてしまい、確認扱いだけして減速せず高速で冒進してしまい得るでしょう。

 大して速度の出ないローカル線ならまだしも、最高速度130㎞/hの線区では一瞬の迷いが致命傷です。運動エネルギーは速度の二乗に比例しますから、冒進速度を下げれば、万が一の事故の際の被害を軽減できますし、制動距離も大きく減少可能です。

 JR北海道は高速バス等との競合にさらされる中、なんと主要幹線を走行する全車両にATS-Dnを設置しました。(既設ロング地上子の位置を車上で把握して制動パターンを生成する為、地上側改良は不要)JR九州もこれに追従していますし、JR西日本もATS-DWという、無線式保安システムを開発し、広島周辺で運用しています。

 ですから、最高速度95km/h以下のローカル線以外は「最終突破速度20km/h未満」という規則を適用するべきだと思います。以前よりは技術的ハードルは格段に下がっていることもありますが、保安装置不備による事故により被る諸々の損害の大きさを考えれば、保安装置を整備した方がはるかに低コストとも言えます(例え死傷者0でも、車両の修理若しくは新造費用はかかります)。それに、企業が一度信用を失えば回復は大変であることは鉄道会社も同じですし、そもそも人の生命は賠償しても帰ってこないのです。

 特に整備するべき路線として、西日本主要路線(米原~岡山、本四備讃線湖西線北陸本線伯備線)、東日本新潟、仙台周辺主要路線、四国主要路線が挙げられます。いずれも、列車が高速若しくは高頻度で運行するので、一度事故が起これば大きな被害となります。既に周辺のATS-P整備の進んでいる(近江塩津~山科含む)草津西明石ATS-Pとし、西明石~岡山及び米原草津伯備線、四国方面は無線保安装置とするのが一番かと思います。仙台新潟周辺は周辺路線で使用されているATS-Ps整備が良いと思います。

 また、ローカル線の内、それなりの頻度で運行される路線にも無線保安装置整備が良いでしょう。保安装置が閉塞システムを兼ねることから、非自動閉塞区間には特に有効です。

2.曲線・分岐速度照査について 

 信号に対する保安装置だけ整備すれば良い訳ではありません。曲線に対する速度照査も当然必要です。全ての曲線に対する速度照査が理想ですが、最低でも、路線の最高速度≧転覆限界速度となる曲線(福知山線事故現場はR=304で限界速度は約108km/h)には速度照査を備えるべきでしょう。

 先ほどから何回も出てきたATS-Pは信号も曲線も防護可能な万能装置ではありません。ATS-Sでも、-Pでも、専用の地上子を設置しなければ曲線や分岐の速度制限はかけられません。すなわち、「危険な曲線」として考えられなければATS-Pでも曲線過速度事故を防げません。逆に、あの事故現場にATS-SW曲線速度照査地上子があれば、福知山線事故は起こりませんでした。ATS-SW曲線速度照査地上子とは、内蔵するLC共振回路が一定の周波数に反応することで車上に情報を伝えるもので、曲線では二つで1セットとして速度照査を行います。すなわち、比較的簡易な構造であり、無電源であるので二つ付けたところで大した費用にはならないのです。

f:id:akaden101:20200427192707j:plain

共振型地上子の例。(京王井の頭線吉祥寺にて2020年1月撮影)

 ちなみに、私鉄各社は、福知山線事故後の国交省の通達により、保安装置更新などにより曲線速度照査を付加しています。京王や東武東上線ATC化や、京阪・小田急等のATS更新はこのためです。上の写真の通り、京王ではATSの地上子も一部存置されていますが…

 何せ福知山線事故は共振型地上子を二つ設置するだけで防げた事故です。あのような惨事を二度と起こさぬ為には、まずはハード面の整備が重要です。鉄道好きの一人として、列車事故により線路上で人が亡くなることが無いようにしてほしいと思っています。

 

 

[参考資料]

京王電鉄ーATS ATC(pdf版)

(https://www.keio.co.jp/company/environment/social_environment/pdf/keio_2006_2.pdf)

 

カテゴリ:保安装置(ATS/ATC) の記事一覧 - Reports for the future ~未来へのレポート~

JR北海道2009年安全報告書

https://www.jrhokkaido.co.jp/corporate/safe/pdf_06/safetyreport2009.pdf

JR九州2018年安全報告書

https://www.jrkyushu.co.jp/company/esg/safety/pdf/2018_anzen.pdf